【石川一雄さんは無実です。ただちに再審開始を】

24歳で逮捕された石川さん(左)。事件から56年が経過し、80歳になった今も無実を訴え続けている。

 事件発生から半世紀以上が経過した今も犯人とされた石川一雄さんは無実を訴えつづけています。他のえん罪事件でも様々な証拠ねつ造が明らかになっていますが、狭山事件でも「万年筆」をはじめ多くの疑惑の証拠が存在しています。私たちは狭山事件のすべての証拠の開示、証人尋問・事実調べ、裁判のやり直しを求めています。

 2010年の三者協議ではじめて証拠が開示され、2019年12月の第41回三者協議までに多くの証拠が開示されてきました。弁護団は開示された証拠を分析し224点の新証拠を提出し、石川さんが犯人ではありえないことを証明しています。昨年には「獄友」の仲間である桜井昌司さん、菅家利和さんとともに現地調査を行い、石川さんの無実を確信しました。


ぜひ無実の証拠をご覧いただき、狭山事件の再審闘争へのご支援をお願いいたします。活動内容メディアで取り上げられたものも順次掲載していきます。
 ※このHPに掲載する画像は弁護団提出の鑑定書に掲載されているものも含まれており、無断での転載を禁止させていただきます。


【最新情報】

2020年こそは再審実現を   石川一雄さんがメッセージ

  昨年も、支援、要請のお願いに目一杯活動してきましたが、私の願いも空しく、再審開始の前提である証人調べに入る目処が明らかにならないまま新年を迎えてしまい残念無念でなりません。

結局検察側の言う通り次回の三者協議までインクを探すということになってしまった訳でしたが、裁判官は検察の引き延ばし理由において、道理に反していると思いつつも、検察官の主張を認めたのではないか、と思われます。

弁護団に反証の目処を追及され、検察官は当時のジェットブルーインクを入手するまで待ってほしいと言っているそうですが、国家権力の力からみれば、事件当時、被害者が使っていたインクが見つけられない筈がありません。そもそも、下山第2鑑定の結論を検証するために、被害者が使っていたインクを探す必要はないと思います。恐らく下山第2鑑定に対して、すでにあらゆる角度から実験、鑑定を試みたと思われます。しかし、自分たちの思い描く結果が得られず、さりとて、このまま、下山鑑定を認めるわけにはいかないので、時間稼ぎをしながら、いかに難癖をつけられるか検討しているのではないかと、私自身は推測しています。下山第1鑑定の時も、鑑定人の名前を公表しなかった、できなかったように、今回もそのようなこともあるかもしれません。

元より、弁護団は、反証があれば、徹底的に再反証するでしょうが、有罪証拠の根拠となった「発見万年筆」は、下山博士の、蛍光X線分析検査で、科学的、客観的に「偽物」である事を明らかにしたのです。弁護団も、下山鑑定を覆すことはできないとの確証の上に立って、裁判所に、正々堂々と鑑定人の尋問を強く求め、また、裁判所に職権で鑑定を求めていくのではないかと思われます。

支援者皆さんもご承知の様に、被害者が事件当日に書いたペン習字の浄書のインクからは、クロム元素が含まれていたのに対し、私の家から発見されたという万年筆で書いた数字のインクからはクロム元素が含まれていなかったことを下山鑑定人が明確に指摘したのです。この鑑定は、弁護団が証拠開示を求め、201610月に、当時、発見万年筆で書いた「数字」を含む調書が証拠開示されたことから実現しました。実に53年も検察に隠されていた証拠なのです。前記のような検察官の再審妨害活動を制限し、再審における証拠開示を義務化する法改正が必要だと痛感します。

弁護団の方針は飽く迄も事実調べ、再審開始を実現させることが前提であり、私自身も裁判官が誰に代わろうとも焦らず、今後も無実の証拠を突き付けて闘って参る所存であります。

皆さんにも大変ご心配、ご迷惑をおかけして申し訳なく思いますが、どうか昨年同様にご協力下さいますよう心からお願い申し上げます。

尚、全国の支援者皆様から私の体調面に対し、大変ご心配をおかけしておりますが、目、耳が若干悪いこと以外は盤石であり、この第3次再審で再審実現を目指し、全力で闘って参る所存です。

 

権力の犯罪暴いた万年筆 許せぬ怒りは法廷の場で

 

2020年1月1日  

狭山支援者ご一同様                               石川 一雄

第41回三者協議で新証拠3点を提出

第41回三者協議が12月11日にひらかれました。

 

弁護団からは提出した新証拠3点について説明し、検察官はこれら新証拠について反論するかどうか検討するとしました。新証拠は平岡義博・立命館大学教授によるスコップ付着の土についての意見書、血液型について日本大学医学部法医学分野の鉄堅(てつ・けん)医学博士による意見書、万年筆インクについて雨宮正欣・法科学研究センター所長による意見書の3点でこれまでに提出した新証拠は224点になりました。

 

  発見された万年筆は被害者のものでなかったことを科学的に証明した「下山第二鑑定」について検察は反証するとしながら一年以上もできずにいます。今回も「つぎの三者協議までクロム入りのジェットブルーインクを探したい」とのべました。

 弁護団からは、下山第2鑑定は、蛍光X線分析装置で、被害者が事件当日に書いたペン習字浄書インクからはクロム元素が検出されたが、発見万年筆で書かれた「数字」のインクからはクロムが検出されなかったことを明らかにしたことが重要であることを指摘し、クロム入りのジェットブルーインクを入手して、どのような方法で反証することを考えているのかなどを追及しました。検察官は、下山第2鑑定に対する何らかの反論はするとしたうえで、次回の三者協議で、クロム入りのジェットブルーインクが入手できたかどうか、その後の反証の方向を明らかにするとしました。 

 

次回の三者協議は2020年3月下旬に開かれる予定です。


「万年筆は偽物」高橋弁護士が解説

 

部落解放地方共闘全国交流会の二日目、2019年11月19日に狭山学習会と現地調査がおこなわれましたので紹介します。

 

  狭山事件のいま~下山鑑定を中心に~をテーマに狭山弁護団の高橋俊彦弁護士が講演をおこないました。

 

石川さん宅で発見された万年筆が、被害者の万年筆ではないことを証明した下山第二鑑定が2018年に新証拠として提出されましたが、検察は一年以上が経った今も反証できずにいます。

 

万年筆の発見方法もおかしなてんが多く、二度の家宅捜索で発見されなかった万年筆は3度目の家宅捜索で発見されました。(いつも玄関から入っていた警察官はその時はなぜか万年筆が発見された鴨居がある勝手口から直接入っていくなど不審な点が多くありました。)

 

 弁護団はインクで書かれた文字を分析したらどうなるかと考え、絵画や文化財などの顔料や資料を蛍光X線分析している下山進・吉備国際大学名誉教授に鑑定を依頼。検察庁へ閲覧手続きを申請し、検察庁へ蛍光X線分析装置を持ち込み保管されている証拠品①被害者が使っていたパイロット製ジェットブルーインク➁友人が持っていたブルーブラックのインク③事件当日被害者が書いたペン習字④石川さん宅で発見された万年筆で被害者の兄が書いた数字⑤被害者が立ち寄ったときに補充したとされる郵便局のインクを分析しました。分析結果では特徴がある元素として①と③にはクロムが➁、④、⑤には鉄が検出されました。発見された万年筆が被害者の万年筆であったとは言えないことが証明できました。

 高橋弁護士はそれが証明できたときの様子を紹介し「バンザイしたい気分だったが検察の職員もいる中で飛び上がることができなかった」などと語り、3度目の家宅捜索で発見した経過は誰が見てもねつ造でしかないが再審ではその主張を証明していかなければならなかった。立証がどこまでできるか厳しく、下山第二鑑定は別の視点から科学的に証明できた。分析は誰がやっても同じ結果しか出ず、検察がどんな反証をしてくるのか想像がつかないなどとのべました。

 

  2部では密室の取り調べでウソの自白に追い込まれた石川一雄さんの自白に沿って駅前から犯行現場とされた場所などへ現地調査をおこないました。

 狭山事務所へ到着すると石川一雄さん早智子さんが出迎えてくれ、石川さんは「来年こそは切磋琢磨に闘っていく。一日も早くえん罪が晴れるよう今後ともさらなる支援をお願いしたい。」などとあいさつしました。

 

 

 



再審開始を 高検高裁へ請願行動

 

今から45年前の10月31日、東京高裁で寺尾裁判長は石川さんの無実の訴えと数々の証拠を無視し、無期懲役判決を言い渡した。この判決が最高裁で確定し石川さんは今も無実を訴え続けている。

 

 20191031日に日比谷公園で狭山事件の再審を求める市民集会がひらかれた。

 

その前段集会に80人ほどの支援者が駆け付けた。石川一雄さんはあいさつで「私たちの闘いも忍耐の限界がある。第三次再審で何とか決着させたい。不退転の決意で闘っていく。楽観せずに石川一雄のためにこれからも応援していただきたい」とあいさつ。石川早智子さんは「この秋から春の闘いは今後の石川一雄の人生に希望を持って生きていけるか瀬戸際の重要な時期。10.31を闘いぬいていただきたい。」と支援を呼び掛けた

 

 

   東京高裁、東京高検で代表者20人が請願行動をおこない、東京高裁前で石川早智子さんが「45年前の寺尾判決が下される日に東京拘置所を出るときに石川一雄はいつでも出れるように荷物をまとめておくように係員から言われたという。誰もが石川の無実、無罪を信じていたことがわかる。思いもかけぬ有罪判決が下された。いくつもの新証拠を見れば無実であることは明らか」などとのべた。

 



寺尾不当判決から45年 一日も早く再審無罪を。

 

   日比谷野外音楽堂でひらかれた狭山事件の再審を求める市民集会でミュージシャンのうじきつよしさんがオープニングを飾った。

 

 

 石川一雄さん、早智子さんのあいさつを紹介する。

 

 石川さんは「今から45年前の今日、寺尾裁判長は無期懲役という不当判決を下した。東京拘置所を出るとき(係員も戻ってくると予想していなかったが)寺尾の不当判決によって拘置所へ戻り現在に至っている。自分の信念を曲げずに今日まで来た。新証拠によって(証人尋問をおこなえば)私の無実が明らかになるはず。これからも忍耐強くたたかっていきたい」などとのべた。

 

 

 早智子さんは「刑務所の中で看守から文字を学んだ一雄さんは自分の置かれている状況を初めて知り、怒りに震え眠れなかった日々があった」とのべ当時の短歌を紹介し、「何度も何度も絶望に淵から這い上がれたのは多くの支援の方のおかげ。今80歳。石川の喜びは書くことと読むことだったが今は目も耳も不自由になっている。えん罪が晴れたら夜間中学校に通うことが夢を持ち続けている。再審の門をひらかせ勝利しない限り、石川の見えない手錠を外すことができない」とのべ支援を呼び掛けた。

 

  えん罪被害者の布川事件の桜井昌司さん、足利事件の菅家利和さん、袴田事件の袴田巌さんの姉の秀子さんも駆け付けた。

 

 狭山弁護団に新たに元検事の壬生隆明弁護士が加わりあいさつで「正しいことを実現させるため誤った裁判を正していきたい。一人の法曹人として良心に従い皆様とともにえん罪を晴らしていきたい」とのべた。

 

 集会終了後、東京駅近くまで一時間かけてデモ行進をおこなった。

 

 

 



無罪勝ち取るまで闘い抜く 住吉で学習会

 

 狭山学習会が住吉住宅集会所で10月29日にひらかれ34人が参加した。部落解放同盟住吉支部と浅香支部、大阪市職員組合住吉支部、大阪市教職員組合に支部で構成する住吉「狭山」解放共闘が企画した。

 

 

 

 狭山事件について部落解放同盟大阪府連の高橋定副委員長が講演をおこない、事件当時、被差別部落に焦点をあてて捜査が進められていったことや当時の新聞記事には「悪の温床」などと部落差別による偏見、差別に満ちた記事があふれていた。第三次再審で実現した三者協議によって開示された証拠をもとに200点以上の新証拠などを紹介し、再審無罪を勝ち取るまで共にがんばろうなどとのべた。

 

 

 

 二部の共闘交流会では地元住吉支部で長年狭山運動を続けてきた梶川さんが参加。梶川さんは事件のあとすぐに「これは遠い狭山の石川君ひとりの問題じゃない。私らの息子の問題や」と50年以上前から石川さんに手紙を書いたり署名運動にとりくんできた当時をふりかえり、「一緒にとりくんできた婦人部(現在は女性部)の仲間はもう二人しか残っていない。若い人たちが狭山にどうとりくんでいるのかを聞きたくて参加した」とのべた。無罪を勝ち取るまで地域で狭山事件にとりくんでいくことを参加者一同で確認した。

 


府内5か所で狭山街宣行動

 2019年10月25日の金曜日の夕方に堺、八尾、茨木、天王寺、京橋駅の5か所で狭山街宣行動を展開しました。
 急な呼びかけにも関わらず、組合関係や狭山住民の会、支部などから多くの方が参加していただきました。
 狭山事件はえん罪です。事件から56年が経ち、早急に解決が必要です。と訴えると多くの方が耳を傾けビラを手に取り、関心を寄せてくれました。

 後藤まりこ裁判長へ早急に判断を求める署名の呼びかけにも応じていただき、5か所で1万個のビラ入りティッシュを配布しました。


不当判決から45年 これからも闘い抜く 石川さんメッセージ

 寺尾不当判決45か年糾弾集会に決起して下さった全ての皆さんに感謝の一文をお届けいたします。
 現在、検察側は下山第2鑑定に対し、反証を出すといいながら、反論も反証も出さないで、一年以上がたちました。当然にも検察は下山鑑定に対して、これまでに反論反証を出すためにあらゆる手段を駆使し、努力をしてきたと思われますが、検察の思い通りの結果が出ず、このままでは被害者のものとされた発見万年筆は偽物(捏造)の烙印を押されてしまいかねないことを恐れ、出せないのではないかと、私自身は思っています。下山第一鑑定の時も、検察側の鑑定人の名前を公表しない、できないというお粗末なものでありました。
 そもそも万年筆に関しては、発見経過も含めて当初からいわくつきであったわけです。事件発生当時、発見万年筆のインクや、被害者が使っていたインク瓶のインクなどを検査した検察側の鑑定人である、荏原・科学警察研究所技官が発見万年筆のインクは、被害者が使用していたインクと異なることを指摘していたにも拘わらず、検察官は、インク補充説を唱えました。寺尾判決はインクの違いを無視して万年筆発見を有罪の根拠にし、その後の裁判所はインクの違いを別インク補充の可能性でごまかしてきた訳です。
 下山第一、第二鑑定は、発見万年筆には、被害者が使用していたインクが入っていないことを科学的に指摘して、被害者の物ではないことを看破し、またコンピューターによる筆跡鑑定をした福江報告書は、脅迫状の筆跡は99.9パーセント以上の識別精度で、私が書いたものではないことを満天下に明らかにしたのです。
 これらの鑑定結果は、科学的な鑑定結果であり、普遍的なものということであり、決して揺らぐことはなく、検察にとって、もはや覆すことは困難であると思われます。
 証拠開示で明らかになった資料をもとに科学的、客観的な新証拠が多数提出されているこの第3次再審請求で、なんとしても証人尋問、鑑定人尋問をさせることが最重要な闘いであり、再審開始へのカギとなりましょう。
 何れにせよ、さほど遠くない日に判断されると思われますが、私も心を引き締め、全力で闘って参る所存ですので、どうか皆さんも此の第三次裁判以外にないと思う私の意を汲んで頂き、最大限のご協力下さいますよう、衷心よりお願い申し上げます。お願いばかりさせて頂きましたことをお許しいただき、失礼させて頂きます。
 今日は本当にありがとうございました。
 2019年10月31日
   寺尾不当判決45ヵ年糾弾・再審要求集会参加者ご一同様
                                石川 一雄


「万年筆は偽物」ビラ入りティッシュが完成

 世の中では天皇の即位のため休日を迎えた10月22日…そんなときにこそ部落差別によってえん罪事件にまきこまれた石川さんの再審開始へ向けて狭山街宣行動にむけたとりくみを展開しています。

 10月25日に開催する府内5か所へ街宣行動で配布するビラいりティッシュを12000枚完成させる予定です。

 「万年筆は偽物」だと証明した証拠に対して反論すると言いながら一年以上も反論できずにいる検察について紹介しています。


無実を証明できる証拠がいくつも明らかに

 部落解放研究第53回全国集会が名古屋でひらかれ10月16日の分科会「狭山事件の再審とえん罪防止にむけた課題」で石川一雄さんと東住吉えん罪事件の青木惠子さんが報告したので紹介します。

 

石川さん

 

 三者協議で提出した証拠について検察が反証するといいながら一年以上も反証できずにいる。後藤裁判長が再審開始決定をだすべきではないか。(無実を証明できる証拠は)下山鑑定だけでなく指紋やスコップ、筆跡鑑定でも(無実が)明らかになっている。裁判所にある数々の証拠を鑑定すれば無実は明らかになるが裁判官は一切せず、弁護士の鑑定を待っている状況にある。司法は無実を知っていながら法を侵した行為は許せない。

 松山事件では死刑確定後に、証拠とされた男性の掛け布団の血痕が一回目と二回目の家宅捜索の時の写真をみるとちがうことが明らかになり、無罪を勝ち取っている。狭山事件では事件翌日に被害者の家に住み込みで働いていた人が農薬で自殺してしまったが、事件から一ヶ月前におきた誘拐事件で犯人を取り逃がした県警は「狭山事件だけは生きた犯人を捕まえる」といったので被差別部落の私が犯人とされた。何か事件が起きると被差別部落の人が犯人とされてしまう。

 解放同盟が裁判支援団体に入ってくれたおかげで同和地区に生まれたことがわかった。小さい頃学校へ行くたびに石を投げられたり桑畑の棒でなぐられた。集団で学校へ行かないとなぐられるのは部落差別によるものだということがはじめてわかった。裁判官は権力に軸足を置いている。

無罪を勝ち取るまでには率先して闘っていく。石川一雄のようなえん罪被害者を二度と起こさないためにも生涯、元気で差別をなくす運動に関わっていきたい。

えん罪被害者にならないために

 

 東住吉えん罪事件で再審無罪を勝ち取った青木惠子さんが報告。

 

 1995年に自宅土間兼車庫付近から出火。入浴中で逃げ遅れた長女が亡くなる。青木さんは内縁の夫と共に保険金目当ての放火殺人とされ、20年の獄中生活のあと、再審によって無罪を勝ち取る。現在は大阪地裁で国家賠償請求訴訟を提訴。全国各地でえん罪事件について訴えている。

 

 青木さんは突然亡くなった娘の死に耐え切れないほどの悲しみの中、警察から出火原因を聞けると思い事情聴取に協力し任意同行したが密室の取り調べで「やっていない」といっても信じてもらえず、ウソの自白に追い込まれた様子を語った。

 

 内縁の夫の自白にそって再現実験をおこなった結果、自白通りに実行するのは難しく、無罪を勝ち取るが、無罪判決は当たり前で喜びもなかった。

 

青木さんは3年間の高校生活の時に毎日電車の中から矢田を通るとグランドに「石川さんを返せ」と書かれているのを見ていた。狭山事件のことは知らず、誘拐事件と思い関心を持たなかった。あの時もっと関心をもっていればえん罪事件がどういうものなのかということが分かったのではないか。多くの人はやってなければやってないといえばいいと思い込んでいるが、あの取り調べで言い続けることは難しく経験してみないとわからない。えん罪は本人だけでなく家族の人生もくるわせてしまう。

 

えん罪をなくすために体験を語り続けるとともに私が死んだときに娘に会って一生懸命やってきたよといえるようにがんばりたい

 


不屈の精神で闘っていく

 拡大全国狭山活動者会議・狭山住民の会全国交流会が2019年9月19日に東京・部落解放同盟中央本部でひらかれました。
 三者協議によって開示された190点を超える証拠をもとに弁護団は211点の新証拠を提出。石川さん宅で発見されたとされる万年筆と事件当日に被害者が万年筆で書いたインクなどを分析した結果、別のものであることを証明した下山鑑定に対して検察は反証すると答えたものの、1年以上も反証できずにいます。
 石川一雄さんはあいさつで「来年6月に退官される後藤眞理子裁判長が再審開始、証人調べをしていただき、細かく見ればえん罪は明らか。全国各地でとりくみを重ねていただき感謝している。これからも不屈の精神で闘っていきたい」とのべられました。
  寺尾判決から45年を迎える10月31日に日比谷野外音楽堂で狭山市民集会がひらかれます。積極的な参加をお願いします。


鑑定人尋問を実現させ再審開始を  第40回三者協議

 2019年9月9日、東京高裁で第40回三者協議がひらかれました。

 2018年8月に提出した下山第二鑑定では万年筆のインクを蛍光X線分析でインクに含まれる元素を分析した結果、インクの成分がちがうことを証明でき、有力な証拠とされた万年筆が事件とは関係がないことが明らかになりました。検察官はこの鑑定について反証をおこなうとしてきましたが、今回の三者協議で見通しが立っていない状況であることが明らかになりました。

 また、脅迫状の筆跡が99.9%の確率で石川さんと別人のものだとする福江鑑定書2018年1月15日に裁判所へ提出。弁護団はコンピューターを使って筆跡鑑定を研究する東海大学の福江潔也教授に鑑定を依頼し犯人が残した脅迫状でくり返し使われていた「い」「た」「て」「と」の4文字を石川一雄さんの筆跡と比較したところ、脅迫状の筆跡と石川さんの筆跡は形が大きくずれていて、99.9%の確率で別人のものだと考えられると証明しました。 

  この福江鑑定書についても検察官は10月に反証するとしました。

 弁護団は検察側から上記二点の反証が出されれば証拠によって徹底的に反論することにしています。また、弁護団は、鑑定人尋問の請求にむけて準備をすすめています。鑑定人尋問の請求の時期は、弁護団の新証拠や検察官の反証、弁護側の再反論などが出されて以降になりますが、なんとしても鑑定人尋問を実現し、再審開始をかちとるために、より多くの市民に石川さんの無実と有罪判決の誤りを訴えていくことが重要です。 



市民のつどいin関西 報告集が完成

 狭山住民の会の方々の呼びかけによる「第3回狭山事件の再審を実現しよう市民のつどいin関西~闇から希望をつなげて~」が2019年2月に天王寺でひらかれました。その時の様子をまとめた報告集が完成しましたので紹介します。購読を希望する場合は下記連絡先まで。

 領価500円
 連絡先 狭山再審を求める市民の会・こうべ 高橋さんまで 電話090-3624-8270



中山武敏弁護士「人間に光あれ」出版記念会INOSAKA

狭山事件の主任弁護人である中山武敏弁護士の自伝「人間に光あれ 差別なき社会をめざして」の出版記念会inOSAKAが大阪市のホテルでひらかれ、中山弁護士の家族や石川一雄さん、小林節さんや支部、HRCビルに所属する関係団体や組合などから75人が参加しました。

 

 

 

 

 中山先生は、被差別部落に生まれ育ち、夜間高校、夜間大学で苦学して司法試験を突破し、弁護士となられてからは、人権を守るためのさまざまな活動にかかわってこられました。本書は狭山事件とのかかわりや裁判闘争についても書かれています。

  記念会でご挨拶された方々のメッセージを紹介します。

石川一雄さんは拘置所にいた時に中山弁護士の父親が何度か面会に来てくれて刑務官に頭を下げるなと起こられたエピソードを紹介し、「中山先生のおかげでこのように元気に闘えている。申し訳ないのはこんなにご尽力いただいたのに無実を勝ち取れないこと。これからも狭山にとりくんでいただきたい」。早智子さんは「先生は狭山の闘いやあらゆる差別をなくし人権を守る中心にいる。厳しい闘いが続くが一日も早く再審開始を目指してこれからも元気でいてほしい」。

 小林節弁護士は「40を過ぎた時から自分で正しいと思うことを言うべきときに言えなかった悔しさがあった。ある時から、殺されてもいいから一度自分で正しいと思うことを言いきって死にたいと決意した時に中山先生と出会った。苦労の中勝ちぬいたから、私の知る限りこんなに怖い人はいない。この人に大事にされたらこんなに温かい人はいない。中山先生みたいに強い人になりたいし、優しく人を支える人になりたい。自信を持って生きていきたい。中山先生との出会いが私の転機となった」。

 

 

 中山弁護士があいさつで「本書は小林先生の発案で出版することができた。私にとっても宝物のような本ができご尽力に感謝している」とのべ、拘置所からの石川一雄さんからの手紙を紹介し「胸を強く揺さぶられ私の弁護士としての原点になっている。本を読み終えた読者から『狭山事件が今までよくわからなかったが本当にえん罪だと思う』などの感想が届いた。人生の中で多くの素晴らしい出会いに恵まれた。社会の根っこから差別撤廃をめざしてこれからも歩き続けたい。懐かしい顔に出会えた。みなさんの友情に感謝している」とお礼の言葉をのべた。

 



無実を叫び56年。来年までに最終意見書を提出。

 

 狭山事件の再審を求める市民集会が5月23日に東京の日比谷野外音楽堂でひらかれました。

   狭山事件を知らない多くの人へ事件を知ってもらい、えん罪を求める世論の声を高めるために、23日の朝日新聞東京版一面に意見広告を実施。静岡県から青森県まで370万部の発行部数です。今後の方針として証人尋問事実調べを求めて最終意見書を来年までに提出する予定です。

 

 基調提案で片岡明幸さんは日本維新の会の長谷川豊・参議院比例区候補者が部落差別発言をおこなったことにふれ「部落を犯罪のプロ集団という人間に参議院に立候補する資格はない。56年前にもこのような部落に対する誤った認識で狭山事件がおきた。それが半世紀以上たっても未だにこのような発言が出ることが狭山事件の大きな背景にある。狭山事件は部落に対する差別をなくしていく闘い」と支援を訴えました。 

石川さん、早智子さんのあいさつを紹介します。

石川一雄さん

今年こそ本当にえん罪を晴らしたい。証人調べを実現するべく命をかけてがんばっていきたい。今後も運動を展開していくが、私は80歳になった。これからが私の第二の人生。それに向かって前進していきますのでこの三次で勝ちますように支援をお願いしたい。

 石川早智子さんは狭山意見広告が朝日新聞に掲載されたことについてお礼をのべたあと先々週にひらかれた徳島の全国女性集会の分科会で和歌山の女性からの報告を紹介。

  1973年に石川さんに手紙を送り忘れていたころに石川さんから原稿用紙4枚にいっぱい文字が書かれた手紙を受け取りそこには「なにより勉強するということは人のためでなく自分自身の力。和歌山から応援してください」と書かれていて石川さんを励まそうと送ったのに逆に励ましてくれたと46年前の手紙を大事にもってくれていた。

  早智子さんは、「石川の闘いが多くの人を影響した。えん罪はあってはならないことだが獄中で文字を取り戻し多くの人に出会えて心が豊かになった」とのべ、狭山事件について「多くの証拠が出された。今がいかに重要であるか、裁判所を動かすのは一にも二にも世論の喚起が必要。さらなる支援をお願いしたい」と呼び掛けた。

 

 

前段集会では、70人以上の支援者が参加しました。

 

石川一雄さんはあいさつで「いよいよという気持ちがあるが楽観してはいけないと自分自身に戒めてこれからも皆さん方のご支援とともに闘っていきたい」と支援を訴えました。再審開始を実現させるべく参加者全員で団結がんばろうとおこなったあと、東京高等裁判所、東京高検へ要請行動を展開しました。

 



 5月23日付朝日新聞(東京版)に一面の意見広告に掲載されましたので紹介します。
 

 


現地調査で無実を確認

 

 狭山事件の再審を求める市民集会の翌日、2019年5月24日に現地調査をおこないました。5月なのにカンカン照りの猛暑のなか、中央本部の安田さんの案内で石川さんの自白に沿って事件現場を歩きました。事件から56年が経過し、かつてそこにあった雑木林、桑畑だったところが今はマンションや一戸建てが並ぶ住宅街に変わっていました。風景がちがうと現地調査はわかりにくいのではという不安もありましたが、事件当日に石川さんが歩きはじめたとされる駅からの時間から出会い地点までの距離や時間、被害者の女子高校生が学校から出て出会い地点につくまでの時間をくらべてみるとおかしな点だらけでした。

 最後に石川さん宅を再現した鴨居をのぞき、参加者は「2度の家宅捜索で万年筆は本当に見つからないわけがない」と石川さんの無実を確信しました。

 

 

安田さんは最近新証拠として提出した心理学鑑定を紹介。

 

狭山事件の予備知識がまったくない12人の大学生に警察官のマニュアルに沿って家宅捜索のやり方を説明。お勝手場の中に万年筆、ボールペン、腕時計、財布、ノートを隠し探してもらうと30分以内で全員が発見できた。

 万年筆の発見経過に矛盾点が多く、裁判で弁護士が指摘したが裁判所は「鴨居は背の低い人には見えにくい」と有罪根拠としている。心理学者は「この実験をもとに警察が家宅捜索で見逃したということは考えられない」と鑑定書を提出しました。

 初参加の青年からは「事件があるということは知っているが初めて現地に出向き説明を聞いていくととらえ方が違い、本当にやっていないことがわかった。一人でも多くの仲間に声をかけていきたい」などとのべました。

 

 



石川さんは無実 ビラを作成

 狭山事件の再審開始に向けて事件を知らない多くの人へも関心を持ってもらうために、今年もビラを作成しました。

 三者協議によって開示された証拠をもとに狭山弁護団が石川さんの無実を明らかにした新証拠は220点以上にのぼります。被害者の万年筆、カバン、腕時計は石川さんの自白によって発見されたとされてきましたが明らかなウソだということが証明できました。

 5月21日夜6時30分から難波高島屋前で街宣行動をおこないます。




再審開始を求め、メーデーで訴え

 第90回大阪地方メーデーが4月27日に大阪城でひらかれ、狭山事件の再審実現を求める街宣行動をおこないました。
 メーデーは、アメリカの労働者が待遇改善をもとめて1886年5月1日にデモなどをしたのが起源です。狭山事件が発生したのが5月1日とおなじことから毎年街宣行動をおこなっています。
 道行く人に「狭山事件の再審を求めています」と呼びかけると通り過ぎたあとに戻ってきてチラシを受け取ってくれる方がいたり関心を寄せてくれる方が多くいました。
 早いこと解決ができるように今後も活動を続けていきます。



科学の力で無実は明らか。今すぐ再審開始を


 第3回狭山事件の再審を実現しよう市民のつどいin関西「闇から希望をつなげて~狭山事件と清水(袴田)事件トーク&ライブ~」が2月17日の日曜日に阿倍野区民センターでひらかれ、会場には立ち見が出るほど大盛況でした。

 一部では部落解放同盟大阪府連の高橋定副委員長が地元あいさつのあと、本田哲郎さんが釜ヶ崎からみた狭山事件をテーマに記念講演をおこないました。

 石川一雄さんはあいさつで参加者へお礼をのべ「裁判官がどのような姿勢で結論をだすかその時期に来ている。裁判長の判断で結論を出せるはずであるが、権力に傾きなかなか再審開始決定をしようとしない。科学の力、医学の進歩によって無実は明らかになった。現在にたっても再審しようとしない。今でも裁判官は法務省の判断を仰がないといけない状況にあるのではないか。被差別部落に見込み捜査をかけ4人がつかまり一番の無知だった私が逮捕された。刑務官に文字を教えてもらったおかげで字を学ぶことができ心が豊かになった。80歳になったがまだまだ。100歳までがんばりたい。無罪を勝ち取ったときから本当の第二の人生がはじまる」などと支援を呼び掛けました。
 

 石川早智子さんは袴田巌さんが保釈されたあとに石川さんと対面したときの様子を語った。

 

 「いわちゃん、一雄だ。わかるか」と石川さんが聞くと袴田さんは「お父さん?」と聞いた。

 

死刑囚時代に袴田さんと石川さんはともに独房にはいり、行き来する中だった。当時、石川さんの独房に飾られていた両親の写真を思い出し、40年ぶりにあった石川さんのことを袴田さんは石川さんの父親だと勘違いして発した言葉だった。

 

早智子さんは40年の空白に涙し、「半世紀を超えた闘いを勝利することを信じ一日一日を大事に精いっぱい生きたい」などとのべた。

 袴田秀子さんは巌さんの近況を語り「2014年3月23日に釈放されたときは本当にうれしかった。47年7か月の刑務所生活を続けてきたがその日その日を一生懸命生きてきたので月日を勘定することがなかった。出てきてまもなく5年。その間に生活様式をみているとさぞかし苦しかったろう。自由は何もなく押し込められてよくぞ生きてくれた。今でも長年の拘禁生活が影響し、精神的にはまだまだ刑務所のまま引きづっている。今は街のなかを歩きまわるのを仕事にし、自由を味わっている」などとのべました。

 

  第二部では小室等さん、アカトバリさん、カオリンズさんによるライブ演奏。
 誕生日を迎えたばかりの石川早智子さん、袴田秀子さんへお祝いのバースデーソングとともにプレゼントが贈られた。最後の曲は二人も壇上にあがり、映画「獄友」の主題歌「
真実・事実・現実 あることないこと」を参加者全員でうたった。
 最後に「狭山事件再審引き伸ばし?袴田さん再審取り消し?そうはいくかよ!!」プラカードを持ち訴えました。市民の集い実行委員会の山中秀俊さんがまとめあいさつをおこないました。

 



一刻も早く再審開始の実現を 寒空の中、石川さんが訴え

 狭山事件の事実調べ、再審開始を求め12月下旬に予定されている第38回三者協議にむけて東京高裁前で2018年12月20日にアピール行動を展開しました。
 石川一雄さんは「無実を訴え続けて55年がたった。一日も早く無実無罪を勝ち取るための法廷の場をひらいていただきたい。裁判官は各鑑定人の尋問をひらき、再審開始決定を行っていただきたい。検察庁には、隠し持っている証拠を全面的に開示していただきたい」などと訴えました。



石川さんは無実 女性部が訴え

 石川一雄さんの無実を多くの人へ知ってもらい、再審開始の扉をあけるために部落解放同盟の女性たちによる街宣行動が12月6日に東京裁判所前でひらかれました。

 石川さんは他の予定と重なり、参加がかないませんでしたが、急な呼びかけにもかかわらず、全国各地から女性が集まり道行く人へ石川さんの無実を訴えました。



 狭山事件の再審開始を求める意見広告が10月28日付の朝日新聞大阪本社版に掲載されました。
 不当判決から44年目の10.31にむけて企画したもので、石川さんと同じ「獄友」、布川事件の桜井昌司さん、足利事件の菅家利和さんのふたりが石川さんとともに狭山事件の現地を歩き、「自白」の矛盾を実感する記事を中心としてじっくり読んでいただければ狭山事件の真実がわかる内容となっています。





スコップに関する新証拠提出

 

 

 

 

狭山弁護団は7月10日、スコップに関する新証拠と補充書を提出しました。新証拠は元京都府警科学捜査研究所技官の鑑定意見書2つと証拠開示された捜査報告書などで、寺尾判決が客観的な有罪証拠のひとつとしたスコップが死体を埋めるために使われたものとはいえず、また養豚場のものともいえないことを指摘しています。寺尾判決の有罪の根拠がさらに突き崩されたことになります。
 科捜研の技官として長年警察の捜査で土の科学的分析をおこなってきた専門的な知識にもとづいて、当時の県警鑑識課員による土壌鑑定を精査。スコップに付いていた土と死体発見現場付近の土が類似したとする鑑定の誤りを指摘にして、遺体を埋めるために使われたとはいえないことを明らかにしました。

 

 またスコップに付着した油脂からはスコップの出所を特定できないことを指摘し、寺尾判決が養豚場のスコップであるとした誤りを明らかにしています。

 石川さんを有罪とする証拠の数々が最新の鑑定で事件とは無関係であることが証明されてきました。
再審開始実現させるべく、弁護団は今後も新証拠を提出する予定です。

 



現地調査で石川さんの無実を確信

 狭山現地調査を2018年17日に実施し、石川一雄さんの自白に沿って事件当日に被害者と出会った地点や犯行現場とされた場所などへフィールドワークをおこないました。
 石川さんの有罪を裏付ける証拠はなく、不自然な点が多く、どう考えても石川さんは犯人じゃないことを確信しました。

 

 フィールドワーク終了後、集会場所へ移動し石川一雄さん早智子さんと交流を深めました。

 事件当時、身代金の引き渡し場所へは兄の六造さんの地下足袋をはいてとりにいったことになっていますが、石川さんの足のサイズは25センチで兄は23,5センチと兄よりも大きく、兄の地下足袋を履くことができませんでした。

 石川さんは「2年前に同じサイズの地下足袋をはいてみたが履けなかった。裁判所に保管されている地下足袋を履けば事実がわかるはず」とのべました。
 石川さんは袴田事件で再審開始決定が取り消されたことについて「袴田事件は誰もが勝つと思っていた。裁判長が判断する当日に布川事件の桜井昌司さん、足利事件の管家利和さんとともに書いた「検察の抗告を棄却する」幕を作り掲げる予定だった。1974年の寺尾判決を受ける当日も多くの人が100%無罪だと信じていたがあのような判決になってしまった。袴田事件も有罪な証拠が出されているが裁判長は権力に向いてしまった。狭山事件でも無実を証明できる証拠がいくつも出ている。一刻も早く糾明のための裁判をひらいてほしい」と支援を訴えました。

 「一日3万歩もあるいている。元気な間に集結させたい。多くの団体が現地調査に出向いてくれて無実を確信してくれている。完全な無実が証明されるように今後も声を上げ続けていきたい」などとのべました。

 


袴田さんも石川さんも無実だ!

 袴田巌さんの再審を求める会と部落解放同盟は6月14日に東京高等検察庁に対して改めて袴田さんの身柄を拘束しないように申し入れ書を提出しました。

 急な呼びかけにもかかわらず全国から支援者30人が参加し、高裁前で「袴田さんも石川さんも無罪だ!一日も早く再審無罪を!」と書かれた横断幕を掲げ、「司法は袴田さん(82歳)の命をこれ以上もてあそぶな!」などとかかれた不当判決に断固抗議するビラを配布しました。
 
狭山事件で犯人とされ半世紀以上も無実を訴え続けている石川一雄さんの妻の早智子さんは「裁判を開いてその場で真実を明らかにすれば無実が証明できる。一日も早く再審を開始してほしい」などと訴えました。

 東京高裁は6月11日に袴田巖さんの裁判のやり直しを認めないと決定しましたが、静岡地裁が4年前に決めた袴田さんの釈放については、年齢や健康状態などをふまえ、取り消しませんでした。一日も早く再審開始、無実を勝ち取るために声を上げていきましょう。




一日も早く再審へ!要請ハガキを送ろう。

 「日本の刑事裁判における有罪率は99.9%。いったん起訴されたらほぼ有罪が確定してしまう。このドラマは残りの0.1%に隠された事実にたどり着くために難事件に挑む弁護士達の物語である。」

 

 この言葉は、毎週日曜日に松潤が主演のドラマ99.9—刑事専門弁護士—の冒頭で毎回説明されるナレーションです。

 

 318日の最終回は再審を求める家族のお話でした。

 取り調べのシーンで「やってないなら裁判で主張すれば良い」と警察官に言いくるめられて罪を認めてしまうえん罪被害者の姿は、ウソの自白に追い込まれた石川一雄さんのケースと重なりました。

  「戦後70年の中で死刑または無期懲役がでた案件で再審請求がとおり無罪を勝ち取ったのはわずか9件。」という弁護士のセリフがあります。

  狭山事件もこれまで開示されたわずかな証拠をたよりに、197点の新証拠を提出しています。99.9%犯人の筆跡とちがうことを証明しても再審の扉がなかなかひらきません。

 事件から半世紀を超え、早期解決がのぞまれます。

  私たちは少しでも多くの支援者の声を届けるために、東京高等裁判所の後藤眞理子裁判長と東京高等検察庁宛の要請ハガキを作成しました。

  ドラマのように再審の扉をひらかせるためにできることから行動しませんか。

 



署名活動のお願い

 現在、狭山事件の公正な裁判ー事実調べ・再審開始を求めるために署名活動をおこなっています。2017年1222日に裁判長が交代し、新しく後藤眞理子裁判官が就任しました。下記アドレスをクリックすると後藤裁判長宛の署名用紙が表示されます。印刷していただき、多くの人へ署名を呼びかけてください。

 三者協議で開示された証拠をもとに弁護団はこれまで多くの鑑定書を提出してきました。それらをもとに事実調べをおこない再審開始実現を求めるためにも高裁高検への要請はがき行動や、後藤眞理子裁判長宛の署名行動を各地で展開しましょう。

 

http://www.hrn.gr.jp/wp-content/uploads/2018/01/fcda0f3b603d2562563228628422e71f.pdf